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奴隷少女

2002/05/27:久世紀弘







辺りは一面、暗い闇。

降りしきる豪雨に追われ、馬車を走らせる。

横切る景色。

自分は何をしにここに来たのか。

そう、急ぎの用があった筈…

「む。おい… 止まれ」

従者に指示し、豪雨の中へ身を任せる。

冷たい雨。

手の平に雫が垂れる。

水とは思えぬその液体は、黒い。

いや、俺の目には黒く映るだけだろうか。

活力を失いつつある肉体は、自己主張を失う。

感情ですら凍ってしまったかの様に。

「………」

…下車した理由は簡単だ。

目の前に二つの物体が見えたからだ。

うずくまる二つ。

別段、不思議なことではない。

いつものことだ。

親に捨てられたか、奴隷として逃げてきたか…

俺には関係のないことだ。

それなのに興味を引かれたのは、単なる偶然だろう。

「喰え」

ボトボトと放り投げてやる。

適当な簡易食。

目を引かせた代金、とでもしておこう。

二つの物体はそれに気づき、恐る恐るだったが手に取った。

薄汚れている… そんな程度では無い。

相当な期間をこうやって過ごしてきたのだろう。

そいつ等と俺は距離的に離れていたが、据えた異臭が漂っていた。

…哀れな。

微かな感傷に囚われている間に、片方が立ち上がったようだ。

まぁ、いい。

礼を言われるのも悪くない。

「…あ、あの……」

声からすると… 女か。

察するに歳は十歳辺り…

…喰えもしない。

「また… 会えたらな」

餓鬼相手に礼を言われても心は満たされない。

濡れた漆黒のコートが重みを増している。

従者に声を掛け、また馬は走り出す。

この地へ来たときと同じように。

ただ、違うのは…

いつまでも少女等が頭を垂れていたこと。



次にそいつ等に会ったのは…

仕事を終えた帰り、だったか。

幾日か過ぎていたが、相も変わらずその場所に居た。

二人して石を転がし、遊んでいる。

俺がくれてやった簡易食の包みが、折り畳まれて置いてある。

他に何も無いところを見ると、施しをしてやったのは俺だけだったようだ。

このままでは飢えで死ぬ。

…それとも、死ぬのを待っているのか。

生きる気力を失った俺と同じ…

だとすれば、俺は自分に対し施しをした事になる。

先日に見た顔を思い出す。

どんな顔だった?

俺のように絶望で打ちひしがれていたか?

…いや、そうでは無かった。

歓喜の表情。

まだ生きたいと望んでいた。

媚びもせず、助けも求めず… それでいて生きたい、と。

…助けてやっても良いんじゃないか。

かつて、俺が生きる術を得た時のように。



ガチャ

ドアを開けさせ、外へ出る。

「この前は雨だったが… 今日は、蒼いな。」

馬車が停まったことなど気にも止めてない風な少女等。

空は蒼く、何処までも澄み透っている。

悪くない条件だ。

「あ!」

空腹だとは思わないのだろうか。

助けてくれと言わないのだろうか。

つまり、またも俺は少女等が媚びてくるのを待っている。

「おじさん! この前は… ありがとうございました!」

妹と思われるもう片方も、揃って俺に礼を言う。

何度も、何度も…

…が、そこで会話は止まってしまった。

不自由をした事のないこの身。

それを見る、空腹な少女達。

どだい居るべき世界が違うのだ。

少女等にしてみれば、俺が同じ地に立つ事すら不思議なのだろう。

そんな滑稽さを目の当たりにして、俺は少し笑ってしまった。

心からの微笑って奴だ。

人には言えぬ仕事、人には言えぬ自分の過去。

何だって秘密だ。

情報の漏出は許されはしない。

一言でも漏れれば、逃亡しても捕まり… 投獄される。

拷問の末に殺され、後には何も残らない。

…本当であれば、コインでも渡して去るつもりだった。

この世界はコイン一つで家だって買える。

人間とて例外ではない。

この姉妹が一生貧相する事無く暮らせる程度…

俺が稀にでも「人を助ける」… それは常に金で解決するものだった。

………

だが、気が変わった。

この少女等の生き方を… 見てみたくなったのだ。

俺がこの世界に生きるのも何かしらの役目があるからだろう。

そしてこの少女等も。

あの嬉々として生きる、その顔が…

俺の乾いた心を潤してくれた。

コイン一枚で礼する… 例えば、そんなことより…

………

「フフッ。少女等よ… 俺の従者とならんか?」