top
奴隷少女_2

2002/06/02:久世紀弘







ピーン…

ピーン…

弾かれるコイン。

黄金に輝くそれは、時の皇帝の残した遺産。

敢えて名称があるとすれば、魔金貨。

「金貨」ではあるが使用価値のないそれは、コレクションアイテムだ。

以前、大きな仕事を依頼されたとき… これを渡された。

前金としては充分過ぎる物だったが、依頼をして来た奴はそのまま死んでしまった。

依頼主不在のまま俺は任務を果たし、結果… 数百人が死んだ。

情報を流す。

それだけで人の運命を動かす事が出来る。

そうやって、俺は金を稼いできた。

裏に潜む俺に逆らえる奴など、居やしない。

所詮、人は闇に怯えるのだ。

だが。



…心が渇いた…



二人は先の一言で大分動揺してしまったらしい。

馬車に入れようとするものの、なかなか落ち着かない。

こういう時、どうすればいいのか。

俺はよく知っている。

コインは俺のとっておきだ。

全てを魅了する魔金貨。

「魔」が付くのもそれ故だ。

空中に円を描くコインを見る少女等。

神々しいまでに輝くそれは、少女等を魅了する。

静かになった少女等を見下ろしながらも、コインは輝き続ける。

…やがて、森に入った。

車輪の跡しか残らぬその道。

音という自然さは失われ、ただ闇と、霧。

先へと続く闇は、生命の営みを根底から否定してるかのようだ。

腕の中の二人を除いて…



棒のように伸ばしていた腕が疲れた頃、屋敷が見えてきた。

コインをポケットに押し込むと、二人は意識を取り戻したようだった。

ドアを開け、左手を大仰しく広げてみせる。

「ようこそ、我が家へ」

門すら無い、だが広大な面積を占める庭。

二階建ての、部屋が二桁はある屋敷。

「広い、広いよお姉ちゃん!」

「う、うん…」

地に降り立つと同時に、屋敷の扉が開いた。

メイドの一人だ。

「こいつ等を浴場に連れて行ってくれ」

「………」

常に無言のメイドだが、仕事はきちんとやってくれる。

夜の世話をさせたことは無いが、呼べば何も言わず寝室に来るのだろう。

俺は俺なりに気を掛けてる奴でもあったが。

「………」

「……?」

微笑。

少女等を連れてきた事がそんなに意外だったのだろうか。

普段、冷徹で人との関係など持たない俺だからだろうが…

メイドは二人を肩に担ぐと、そのまま持ち去ってしまった。

垢を落とせば少しは綺麗になることだろう。



二人が湯船に浸かってる間、多少ばかり時間があった。

「如何なさいますか?」

付きっ切りの無表情な従者… 寡黙で聡明なその青年は少女等のことを言っているのだろう。

どうするか。

時間的には飯時では無いが少女等のことだ、腹が減っている筈だ。

それに、あのボロボロな服も問題だろう。

「子供用の服と飯の用意だ」

従者はそれを聞くと直ぐさま屋敷へと走って行った。

奴の趣味が少し気になったが… 選ばれる服がまともなのを祈るしかない。



寝室へ着くと常にどっと疲れが襲う。

仕事帰りはいつもそうだ。

また、やってきた… そう、自分に後悔してる訳では無いのだが。



パシャ



机に名簿リストを投げ出し、布団に倒れ込む。

紙切れに価値があるとは思えない。

必要なのは俺を生活させる一握りの金貨だ。

そして、役にも立たぬ物を二つも拾ってきた。

何故だろうか。

何かが変わりつつある。

歳なのか、それとも俺に干渉する何かがあるのか。

…暫くすればメイドか誰かが呼びに来る。

それまで、夢の中で答えを見つけるのも悪くはないだろう。



コンコン…



…ドアを叩く音。

「ご主人様、、お食事の用意が出来ました」

返事を返し、服を着替える。

二人はもう待っているとメイドは話す。

三十人は座れるテーブルに二人…

執事のように口うるさい奴は側に置いてないから、全てこのメイド任せだ。

さぞや肩身の狭い思いをしていたことだろう。

浴場でどんな扱いを受けたか想像に難くない。

廊下を足早に歩き、目的の部屋に到着。

観音開きのドアを開け放つと、案の定二人は固まっていた。

…それは食事が運ばれて来ていないという点もあったが。

どうも、このメイドは頭が固いようだ。

客よりも俺なのか?



「悪いな、待たせた」

食事を全て持ってこさせ、メイドを下げさせた。

席に着き、形式に乗っ取って宣言する。

「ここに美を与え、一つの生命を食せる事を感謝する…」

何処の宗教か忘れたが… たった一つ共感を覚え、それを多少なりとも信仰するようになった。

つまる所、飯を喰えるのは自分が存在するからだ… そんな考えだったか。



カチャカチャ



響く金属音。

ナイフとフォークから織りなす音は俺にとって安らぎだ。

だが、音は二人から発することは無かった。

「美味いか?」

適度に豪勢な食事は少女等を驚かせただろう。

まともに喰ったことが無ければ尚更だ。

「おいしい… です」

手で肉を掴み、皿ごと持ってスープを飲む。

垂れたソースをばつが悪そうに隠したりと、まるで… いや、子供か。

「ハハ、悪い悪い。今用意させる。」

少女等がナイフ・フォークを使える筈が無いのだ。

スプーンを用意させると、二人は安心したようだった。

その時になって気付いたのだが…

二人の着ている服装だ。

妙に… あぁ、あいつめ… どうりで。

従者が気を遣ってくれたのだろう、少女等が着るそれは婚姻を結ぶ儀式…

その為に着る晴れ着だったのだ。

惜しみなく飾り付けられたドレスは、かなりのブランド物だった筈。

相当高い、のだが…

髪を梳かし、身体も清潔になった少女等は、痩せてこそいるが光を失っていない。

輝く少女等が着るからこそ、このドレスに価値が出るのだろう。

俺にはそれがとても嬉しく感じられた。

「こんなに汚して…」

「全く、幸せな奴らだよ」