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双子の姫

2003/03/08:久世紀弘







いたる所で上がる煙。

悲鳴に怒号。

錆びた臭い。

意識が朦朧としている。

二十人目… いや、何人目だっただろうか。

交差する剣、押し寄せる衝撃。

目が霞む。

次に肉塊になるであろうそれを薙ぎ払い―――

斬る。

斬り裂き、叩っ斬り、砕く―――

吹き出す血潮。

崩れ落ちる男。

蹴り倒すと丁度山のようになった。

見える範囲に次の相手は、いない。

振動が。

地鳴りが聞こえるだけだ。

大群が押し寄せる地鳴りが。





「さっ、早くこちらへ!」

決して、この子達を汚させはしまい。

焦燥感と共に身体は動く。

建物から建物の影へ。

足下に零れる雫を気にする暇など無かった。

「お兄ちゃん!」

十年前、国を去った私は怠惰な生活を送り続けていた。

酒に溺れ、女を買い漁り。

落ちるところまで堕ちた。

良くある話、良くある息子の家出。

それが戻ってみれば国王である父は死去。

更には近隣の山賊が街にのさばっている。

今も、遠くから女子供の断末魔の悲鳴が、腕の中の姉妹を震えさせていた。



地下通路を使った逃亡は多くの犠牲を伴った。

衛兵、騎士団が陽動をし、決死で篭城している城。

私達の為に今も尚戦い、恐らくは次に見ることは無い彼等。

だが、あの場に留まれば騎士団もろとも殺されていた。

そして、この二人は幼いながらにして辱めを受けていた筈だ。

姦され、解体…

まず、助かりはしないだろう。

報告にあった事例… 討伐隊の一人が臓物を引きずり出され処刑されていたのだ。

―――そんなことはさせない。

死なす訳にはいかないのだ。

例えどんなことがあったとしても、この二人だけは。

私がこの地へ戻ってきて知った国王の遺言。

城の奥にあった私の知らぬ部屋。

国王の隠し子が眠っていた――― この二人の姉妹が暮らしていた部屋…

二人は国を継ぐべき存在だ。

正統な血筋に基づく国の主。

何故、長男である私で無いのか。

何故、私は国王の座を拒んだのか。

それは簡単なことだった。

本当に簡単な。

「私は、国王の情けを受けた拾い子です」



このことは幾分昔から知っていた。

国を出た理由が、正当な世継ぎが出来るまで行方を眩ますことにあったからだ。

血の繋がりのない私が継ぐことは、歴史の上で汚点を作ることになる。

父が新たな世継ぎを作り、その子が継げば問題はない。

邪魔者である私は、時の噂を頼りに時期を待っていれば良かった。

しかし、私の頑なな性格を知っていた父は生まれたばかりの姉妹達を幽閉。

事実を抹消してしまうことで、あくまで私を立てようとした。

そうとは露知らぬ私は国を出てしまい、姉妹の存在を知る術がなかったのだ…



「私たち、知ってたよ」

「…なッ」



―――父は良く姉妹達に私のことを話したそうだ。

「お前達には歳の離れた兄がいる。苦労をかけるが…」

「乗馬の時なんだが、奴は…」

「世話のかかる奴でな。儂に…」

遺書にある部屋を訪れた時の衝撃は、生涯忘れることはない。

愛くるしい人形の数々、清潔に保たれた部屋。

決して父は姉妹達を愛していない訳ではなかった。

溺愛していたと言って良い。

それが嬉しく、父の配慮が心苦しく―――

この時始めて出会った姉妹達を護ると、心に誓った。

それが自分に出来る最大の償い。

和解することが出来なかった父の為に。

私と同じく二人に未来を託した、騎士達、民の為に。



計画は順調に行く筈だった。

夜の闇に紛れての脱出。

気付かれるまでは逃げ切る自信もあった。

だが、数回にわたる戦闘は二人の安全を確保出来ないものだと物語っていた。

「誰か、誰か居ないか!!」

石畳の上に立つ、貧相な民家のドアを強く叩く。

まだ見えぬ敵が、いつ来るとも知れない。

一刻でも早く、二人を安全な場所へ移す必要があった。

「…こんな夜更けに。誰だぁ?」

ドアを開け、灯りを手に出てきたのは人の良さそうな老人だった。

暗闇の中、仄かに辺りが明るくなる。

「クッ!」

二人を後ろに回し、煌々と目立つそれ―――

灯りを袈裟懸けに一閃する。

微かに風を斬る音と共に、蝋は断ち切れた。

「すまん」

二つに別れたその残骸を踏み潰すと、部屋は完全に闇となる。

そのまま後ろ手にドアを閉め、呆然とする老人に砂金袋を持たせた。

「暫く、預かって欲しい」

「…なッ! …あぁ」

「それも大切に… 必ず、必ず戻ってくる」

「一人で行っちゃ嫌だよ… また二人だけなんて嫌だよ!」

「…お兄ちゃん、死んじゃうよ…」

時間が無い。

数人に囲まれた時、何度か斬られた。

そう、長くは無い。

ここにいては最期まで護り切れない。

役目を全う出来ず、二人を深く悲しませてしまう…

それならば―――

右手の血を拭い、姉妹の髪を撫でる。

「お元気で」

そして、さようなら。

















































「ねぇ、こっちの方が良いでしょ?」

煌びやかに舞う娘。

「あんたは引っ込んでなさいよ! 私だよね、私の方が綺麗でしょ?」

その姉も負けじと踊ってみせる。

「これだってばー」

「さてはて、私めには判断の出来ないことです」

「もうッ!」

「はは。申し訳ありません」

ここは城の中、王の間と呼ばれる空間。

かつては国王が座り、その座を私に譲ろうと考えていた父の場所だ。

そして今、私を責め立てている二人は自分のイヤリングの方が似合うと言い争っている。

誕生日プレゼントにと、この日、私が買った物。

決して高い物では無かった。

それでも喜んでくれる。

どうでもよい日常。

平和な営み。

この幸せ、どう感謝すれば良いのか。

死ぬべき運命だった私が。

あの時―――





二人には辛い別れとなってしまった。

―――申し訳なさで心が痛む。

それでも。

二人を民家に預け、安全を確保することが出来た。

あの老人ならば… 例え私が帰って来ないようなことになっても、安心出来る。

万が一にも二人を飢え死にさせることは無い筈だ。

後は、一人でも多く道連れを作るだけ。



「…お前らの主は何処だ」

「だ、誰がお前なんか―――」

―――グシャ―――

潰した。

剣とは本来斬る物では無い。

相手を潰し、もしくは力により貫く物。

頭蓋を破壊され、脳漿を撒き散らす。

「次…」



―――ドゥッ―――

背後から貫く。

衝撃は鈍い音となって伝わる。

「ギ… グゥ…」

「貴様等に、見つけさせはしない…」

血糊と脂で使えなくなった剣を、死体の物へと持ち替える。

「次、だ…」



気が付けば、丘の上で随分と血を見ていた。

返り血、幾多の返り血…

自分の血―――

生き残ったと感じたのは、最後の敵に止めを刺してからだった。

だが、地鳴りが聞こえた。

大群が押し寄せる地鳴り。

流血も酷い。

敵か味方か―――

「生きてるか!」

寸での所。

相手は父、国王の妹君。

女ながらに戦場に出る勇ましい奥方として有名である。

黒の鬣を持つ愛馬に乗りこなし、軍勢を率いての登場だった。

「…えぇ、何とか」

運が良いことに、私は左腕を失うだけで済んだ。

その場で軍直属医師の治療を受けられたからである。

「まだ二人が―――」

「…向かわせてある」





「では、後は私がまとめておきますので、お二人はお休み下さい」

トントン、と書類を叩いて促す。

元気な返事とパタパタと走っていく音が聞こえた。

「書類が沢山っと…」

…二人が無事だったことは何よりも喜ぶべきことだった。

今では二人の側に仕えることを許され、相談役として国にいる。

普段人払いをしてるだけに、この二人は良く笑うが…

これを、誰かが護らなければ。

そう、後は私が… だ。

厄介ごとは全て私に任せればいい。

何だってやれる。

妹たちの笑顔が見れるなら。








ご愛読ありがとうございます!

今回は「夢」で見た話を多少(相当かな…)肉付けしてみました。

初めは「夢」を直で書こうとしたんですが、何か勿体ないのでそのまま小説へ。

…予定とは随分違った物になってしまいましたが… それもまた良しでしょう。

この作品は草原の少女、奴隷少女と違って一編完結です。

途中で投げ遣りになったり、放置すらしてたので製作期間は相当長いのですけど…

何とか終わることが出来たのでほっとしてます。

次はもっと軽い物書けたらと思います。