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夢魔となる者

2003/12/25:久世紀弘






吸い込まれそうな程、遠くに見える空間。

それは単に空気が綺麗だとか天気がいいからといったことではなくて、

この世界そのものが一直線上にしか成り立っていないかのようだった。

視点を戻す。

ズームされていた感覚が急激に萎み、一瞬自分が誰だったかを見失ってしまう。

永遠に続く白い荒野に、破壊された白い町並み。

やがてすすり泣く声に気付き、思いだし、振り返った。

あぁ、そういえば…

「どこから来たんだっけ?」

「わからない…」

座り込んでいる女性がいた。

年齢は二十代の―――

僕より年上だろうか。

ことの発端とやらは彼女を見つけてしまったことだった。

汚れてしまった、汚れてしまったと泣いていたんだっけ。

気ままに歩いてきた僕にとって、それは是が非でも助けるべき存在で、

むしろ時間のない空間だからこそ生きる術となると思った。

ここからの行動は全て彼女に委ねるつもりだ。

「どうして汚れたってさっきから言ってるの?」

「…それ… は…」

言い淀む彼女。

知性とか気品、可愛らしさなんてものが溢れていた。

男が一生追うようなタイプ。

けれど、不思議と僕は至って平静。

こんなに綺麗なのに自分、もったいないよ!!

いやいや、相手ってのは見てくれだけで決めちゃ駄目だろう?

馬鹿、それは女が言う台詞だって!

じゃぁ仮面を被っているとしたら?

男からしたってそうさ、まずは話を聞いてから決めようよ。

でも彼女は汚れてると言うけど、外見は綺麗だ―――

面倒なのでこう結論付けた。

頭の中で格闘しても答えは出ない。

「汚れたって? 綺麗だけどね」

そのまま言ってみた。

「…ッ!!」

拒絶的に否定された。

そうなると、どこが汚れているというのだろう。

見た感じではそういった節がない。

あるとしたら灰色に染まった、目の前に広がるそれ。

翼。

彼女は人間じゃなかった。

なおのこと、別段驚かない自分が居るわけで。

つまり、困った。

誰かと共有してる。

彼と呼ぶべき存在なのか。

普段であれば驚愕仰天し、遠い存在である彼女に畏敬の念を抱くだろう。

それは恐れであり、憧れであり、信仰だ。

ところが人であった時の僕という自己は今どこに在るのか。

明らかに違った視界、世界が自分以外にあり得ないかのような感覚。

おかしい。

そもそも彼と僕は人なのだろうか?

あぁぁ…

…なんということか。

気付いてしまったことで時間の概念が生まれたようだ。

もうすぐ固有の意識は彼へと帰依するだろう。

僕は彼でいられない。

「ぁーと、僕は何に見える?」

「ええっと…」

「あぁぁ!! 言わないでくれ! お願いッ」

急に怖くなった。

彼と共有している姿を知ってしまうことは怖い。

彼と僕が限りなく近い存在。

その姿は僕を、僕の心を写し出したものだろう。

ザザ…

…ザ

………ザ… ザ……

遠のいていく。

絶対優位な個としての存在である彼から離れていく。

混沌とした意識の中、僕と彼の思惑が交差し結合した。

彼が見せてくれた映像は過去と現在と未来。

彼女を見つける者。

彼女と共に旅立つ者。

彼女を犯す者。

彼女が心を閉ざし、染まる空間に佇む者。

僕は… 今、どの位置にいる?

彼は言った。

「彼女を犯したのはお前か?」

そんなことをするはずがない。

「彼女を見つけたのか?」

いや、気付いた時にはすでに居た。

「これから旅立つのか?」

そうかもしれない。

「傷付け、そこに呆然と立っていたのではなかったのか?」

分からない…

「お前は自身を隠せることで他人に全ての行為を任せるのか?」

君が彼女を犯すことを僕が望んでいたとでも?

違う!!

僕は君だ。

そう、全てをしてきたのは君だよ。

誰だって危険な面はある。

時代を超え、全ての面を反映させることが出来る君ならなおさらだ。

けど、君がしうる可能性の中での僕はもっと違う存在だろう。

―――傷付けることを恐れる者だ。

その瞬間、時が動き出す。

記憶と存在は消し飛び、彼が単独の個へと戻る。

繰り返す輪廻。

同じ過ち。

彼は永遠に彼女を癒し続け、傷付ける。



――― fin ―







はいはいは〜ぃ。

メリークリスマスです。

もっと早く仕上がればよかったのですけど、バイトで時間が取れず…

しかも書いてるうちに内容が濃くなり過ぎ、理解し難いものへと変貌…

本来もっちっと長いのですけど改変させてお手軽風味に。

中盤前までは気合い入ってたんですが… くそぅ。