野良猫
2003/07/15:久世紀弘
2003/10/17:<改変>
その昔、善良で病弱な少年がいました。
学校までの道のりを歩くことも出来ず、皆と遊ぶことも出来ません。
とある晴れの日、少年は近所の公園で一匹の野良猫を見つけました。
野良猫は寂しそうな顔をして「ニャーォ」と鳴きます。
その姿に何を思ったのか、少年は近くのスーパーで缶詰を買ってきました。
財布にたった一つだけ入った500円玉でした。
猫用の缶詰で、その野良猫にご飯を与えようとしたのでしょう。
しかし、少年は缶切りという道具を知りません。
「ごめん、開かないや」
それでも家から幾つかの道具を持ってきて、頑張ります。
少年はハサミの先っぽで少しずつ穴を空けることにしました。
その間も野良猫はじっと待っています。
少しずつ、少しずつ。
少年の手は徐々に傷付き、血が滲みます。
そして。
「開いた!」
幼い少年にとって、この努力は野良猫が喜ぶことにありました。
いつも病弱なことで周りに気遣って貰っている自分だから。
いつも助けられるばかりで助ける側でない自分に苛立っているから。
より弱い野良猫に何かをしてあげたいと思ったのです。
「さ、食べな」
少年が開いた缶詰を与えると、野良猫は嬉しそうに食べ始めます。
そう、野良猫が食べる姿を見ていると、少年は満ち足りた気持ちになっていくのを感じました。
それと同時に、野良猫の行く末を案じ始めてしまいました。
もしかしたら、このまま食糧難で死んでしまうかもしれません。
もしかしたら、車に轢かれて死んでしまうかもしれません。
もしかしたら。
余りに考えすぎて少年は泣き出しそうになってしまいました。
野良猫が応えられるはずもないのに、話しかけます。
「お前は、このまま死んじゃうのか?」
野良猫の返事はなく、無言の時間が続きます。
そして、その目と目があった時。
彼は大きく驚きました。
「あ!」
なんと。
その野良猫は左目が蒼、右目が金の金銀妖瞳だったのです。
少年は家にいました。
母親に晩ご飯だと呼ばれ、渋々家へと戻ったのです。
食事の最中も野良猫のこれからの生活が心配で仕方ありません。
部屋の中で、あっちへうろうろ。
そっちへうろうろ。
「うちは住宅街だから飼っちゃいけないことになってるの」
母親に野良猫を飼いたいと何度も頼みます。
「珍しい猫なんだ」
「可愛いんだよ」
「可哀想だよ!」
「助けてあげよう」
少年の気持ちとは無関係に、社会の規則があるのです。
「何で?」
「どうして助けちゃいけないの?」
理解出来ないことでした。
自分の母親は野良猫を見殺しにしても平気なのだろうか。
そのまま何の感情を抱くこともないのだろうか。
これは幼い少年に取って全てを奪い去られる程の衝撃でした。
全てが嫌になり、少年は玄関のドアを開けました。
あの野良猫がいるような気がして。
また腹を減らして自分を待っているような気がして。
「よかった…」
「まだお前は生きている…」