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草原の少女

2002/03/24:久世紀弘







頬を濡らし、手を伸ばしている自分。

もう、会えないのだろうか。

もう一度やり直したい。

会って俺は…





見渡す限り草原。

いつか見たことのある景色。

そう、ここは俺の故郷。

膝の下辺りまで伸びた草が、右へ左へと風に煽られる。

もうすぐ昼なのだろうか… 村からパンが焼ける匂いがする。

昼飯が近い。

と言っても、昼飯は幼馴染みが作ってくれるから俺が用意する必要は無い。

俺がここにいる理由は、今日が幼馴染みであるアリカの誕生日だという事。

偶には何か旨い物でも食わせてあげよう、そう思って狩りに出て来たんだ。

そこで、見知らぬ少女と会った。

白のワンピースに黄金の髪。

所々薄汚れてるのは遠くから来たからだろうか。

酷く憔悴しているようだ。

「ねぇ、君?」

不安になって声を掛ける。

しかし、少女は立ったまま意識を失っていた。

「何てこった…」

周りには俺以外誰も居ない。

ほっておく訳にもいかず、少女を背負う。

軽い。

本気で心配になってきた。

少女を見つけた場所は村からそう遠くは無かった。

限りなく続く草原では、見渡すと直ぐに村が見つかる。



グランディールの村。

激しい風と暖かい陽の光。

村を一周する強固な壁は要塞を思わせる。

それは代々の村長が戦を招かぬようにと作り上げた物だ。

高い壁、頑強な門に門番。

隣町から遠く、他国との交流も少ないこの村は半ば鎖国を様な形で永遠の平和を手に入れていた。

少女は相変わらず起きない。

背負った状態で門を潜る。

すると案の定、声を掛けられた。

「ジュドー〜、その娘どうしたんだ? 女に免疫のないお前がなぁ〜… ま、まさか人様の娘を…」

親友のフェイエス。

幼い頃から隣国の衛兵を目指し、訓練を積んできた。

結果はこの村の門番。

「違う、違う。…草原で気を失っていたんだよ。」

「あらら、怪我でもしたのかな? おっし、このフェイエス様がお助けいたそう!」

「いや、結構だ」

フェイエスが衛兵になれなかった理由、それはこの優しさにあった。

彼は気が良い、それ故に仕事を投げ出してでも人助けに奔走してしまうのだ。

『いや、良いのさ。俺にはこの村が似合ってる。』

衛兵試験に落ちた時も、涙しながら笑っていた。

「フェイエス、このことは誰にも言うなよ? 村の、特に女子連中にはな!」

フェイエスの言うように見知らぬ少女を抱えているというのは今一、世間体が良くない。

同じような事をこれから何度も言われるよりフェイエスに釘を指した方が早いのも道理。

理由は簡単だ。

場所的に人目に付き、それでいて暇を持て余すフェイエスは常に人気者なのだ。

美少年とまではいかないが、優しげな顔は女子連中を引きつけるのだろう。

お陰で、外から来る情報の殆どはフェイエスが握っているといっても良い位だ。

今背負っている少女の事が、噂好きの若娘共に知られるとなると目も当てられない。

「解った、解ったよ。だけど村長だけには報告するぞ? 一応村の掟だからな。」

本当にフェイエスは衛兵試験に落ちたのだろうか。

心優しく、秩序を守る彼が落ちるには理由不足の気がする。

それとも…。



門から少し外れた場所に一本の大木がある。

数十年も前に枯れてしまったと言う話で、今は俺と幼馴染み、そしてその家族の住処だ。

木を刳り貫くには相当な技術が必要な筈だが、これを考え構成した人は相当な美術家なのだろうか。

「お〜ジュドー帰ったか。アリカがお待ちかねだぞ? ん… 誰だ? その娘。」

金槌と木片に奮闘しているゴツイ男。

幼馴染みの父親だ。

「外で倒れてたんで拾ってきちゃいました。何か訳ありかも知れないので暫く俺の部屋で介護しようかと思うんですけど、良いですよね?」

オヤジさんは禿だ。

だからという訳じゃないだろうが、職人肌とその気丈さは頑固で有名だ。

だが、俺だけには気を許しているくれてるのか良き友として扱ってくれる。

両親が病に倒れた後、俺をこの家に呼んでくれたのもオヤジさんだった。

「ハッハッハ、また厄介な事してくるな。良いぜ、飯だろうが着替えだろうがそのお姫様に何だってしてやるよ。」

「いつもながらスミマセン。それとオヤジサン、このことアリカには…」

「わ〜った、わぁ〜たって。しかし、アリカがなぁ… クックック。」

そう言うとオヤジさんは日曜大工を放り出し、出ていってしまった。

「飯までには帰る!」

もう、飯なんだけど…。

娘の誕生日位祝ってあげても良いと思うのだが…。

とは言え、俺自身アリカに会い辛いのも事実。

オヤジさんが作ってくれた外階段から部屋に戻る事にした。

階段はなだらかな螺旋状。

結局は窓から忍び込む形になるのだが、特にアリカに会いたくない時に良く使う。

両手を窓枠に掛け、ゆっくりと足下の机に重みを加えていく。

…ギシッ…

慌てて大きな音で見つかったら意味がない。

部屋は相変わらず奇麗に片づいている。

ゴミ箱の中まで空なのは少し気になったが、これもそれもアリカの仕業だ。

三日に一度は部屋の構成が変わってしまうのだ。

折角、手の届く範囲に物を置いても、いつの間にか引き出しの中に仕舞われたりする。

「ったく、アリカの奴が…」

愚痴を言いながら少女をベッドに寝かせる。

しかし、この少女は一体何なんだろう。

持った感じ、身長155cm、体重45kgという感じだが…

幼い顔立ちに隈を作り、何処から来たんだろうか。

考えはループし、一向に進展がない。

仕方なしに少女をそのままに、下に降りた。



ドア越しに声が聞こえる。

アリカの声だ。

「だから聞いてよ!ジュドーったらまたあんな雑誌を隠してたのよ?」

…いきなりだが、部屋に入り辛い。

「まぁ、抑えなさい。ジュドー君だってもうそんな歳だろう、男の摂理って物さ。」

今俺のことを弁護してくれてるのは、アリカが最も慕うテュアラン兄さんだ。

若干25歳ながら卓越した魔法力、高い知識を持っている。

村一番の魔術師といった所か。

「こんな物でも?」

な、何だ?

ドアを少し開けて様子を伺う。

………どうやら慣れ親しんだこの家ともお別れの日が来たようだ。

過ぎ去りし日々を思うと涙が出る。

「…こ、これは… 解った、ジュドー君とは後で話をしておく。」

………更に不味い事になった。

捕まったら只じゃ済まされない。

シスコンな彼の手に掛かれば俺なんてイチコロだ。

「それじゃ、ご飯にしましょ」

いつから居たのか、おばさんの一言で拷問の様な時間が終わる。

それから3分待つ。

これでアリカの熱も引いてる事だろう。

あいつは案外忘れやすいからな。

「ただいま〜」

ドアを勢い良く開け放ち、食卓に並ぶ料理に目線を下げならがら席に座る。

「あ、お帰り〜。随分と探してたんだ? でも、もうご飯食べちゃってるよ。」

「ジュドーさん、獲ってきた獲物は夜に回せますか?」

どうやら肝心な事を失念していたようだ。

「ごめん、忘れてた…」

「む、君という男は… アリカの誕生日プレゼントすら持ち併せず帰ってきたと言うのかね?」

テュアラン兄さんの一言が突き刺さる。

そして、氷のような目で黙読している何か。

パラパラと捲られる何か。

「テュ、テュアラン兄さん、堪忍して下さい…」

「フフフフ… しかし、それにしては時間が掛かったね。君が獲物を逃すとも思えないが?」

「えぇ、少し色々とありまして。その事に関しては後々話しますよ。」

よくよく考えるとテュアラン兄さんは俺が盗み聞きをしていた事を知っていたのだろう。

つまり、全ては彼の手の内って訳だ。



昼食を中腹辺りまで食べ、部屋へ。

テュアラン兄さんに捕まりそうになったが、先に食べ終わったことにより脱出に成功した。

彼の力なら空間異動されても仕方ないのだが、無駄な力は使わない主義なのだろう。

部屋のベッドには相変わらず少女が… いや、起きていた。

呆然と窓を見上げている。

自分のおかれた立場が理解できないのだろう。

「気分はどう?」

少女のことは何一つ解らない。

だから訊かなければならない。

俺も教えなければいけない。

「ここ… は…?」

怯えている。

布団の端を手に握りしめて必死に抵抗しているのか…

しかし…

「俺の家さ。村の外で気を失ってたからここまで連れてきたんだけど… 行き先は違った?」

自分でも見当違いな事を言ってると思う。

ここから他の村や町へは二週間近くは歩かないといけない。

しかも、一直線上には無いから通りかかるという事もないのだ。

「私… 何処から来たんだろう…」

「え?」

「私… 自分の名前も解らない… どうしよぅ…」

ぐずり始める少女。

「名前も?」

「な、名前… 私の名前は… ソリネ… うん、ソリネ。」

…ソリネちゃんか、何処から来たのか。

「俺は、ジュドーって名前だよ。大丈夫、俺が君を元いた場所へ戻してあげるから。」

何でこんな事言ってしまったのか。

自分でも気付いてなかったが、俺は相当なお人好しらしい。

何処から来たかも知れぬ少女、それを引き取り自分の力で解決する。

一歩だって村から出たことのない俺にそんな事が出来るのか?