top
草原の少女_2

2002/05/03:久世紀弘







「それじゃぁ、行ってくる。」

未だに体調の優れないソリネを置いて俺は仕事に行く。

アリカにはまだ黙ったままだ。

「…行ってらっしゃい…」

布団の中でボソボソと呟いているのが解る。

あの後ソリネの事に付いて色々と訊いてみたが手掛かりになる様な事は何一つ無かった。

だが、冗談を交えて会話したからだろう。

ソリネは初めに比べ心を開いてくれてるようだ。



俺の仕事というのは、テュアラン兄さんの手伝いだ。

朝から昼と夜の間、大した労働じゃない。

彼の仕事場は村の外れにある。

ジメジメとした… そんな占い屋なのだから誰も来ない… …と言いたい所だが…

「テュアラン兄さん…」

「大魔導士と呼びたまぇ!!」

そう、彼はこんな性格だ。

「昨日、君から彼女の事を聞いてからというもの落ち着いて仕事が出来やしない。」

「何かあったんですか?」

「当然ながら占ってみたさ。だが… 一向に見えて来ないのだよ。」

困った。

彼が知らないとなるとこの村にいる誰に訊いても同じだろう。

…ん?

「…所で、何について占ったんです?」

「彼女のスリーサイズだが。」

…成る程。

それ以上は立ち入り禁止、と。

つまり女性の持つプライベートエリアな訳か。

「今日はお客さん、少ないんですか?」

普段ならテュアラン兄さんを囲むようにして沢山の人が来るのだ。

特に女性陣が大きく幅を占める。

「客には臨時休業と伝えてある… あぁ、君も適当にやったら帰って良いよ。」

スリーサイズを測る為に、臨時休業…

それから暫く、仕事場の整理やアイテム類の修理をした。



家に帰るとソリネが迎えてくれた。

「お帰りなさい。」

玄関ではない、部屋でだ。

だが…

「おや? その服どうしたんだい?」

ソリネが着ていた服。

それは鮮やかな緑色のクロースだった。

汚れた白のワンピースでは無い。

「アリカお姉さんがくれたの。」

…アリカ。

遂にバレてしまったか。

いや、それよりも… だ。

「あれから何か思いだしたかい?」

「ううん、全然。でも… 思い出さない方が良いのかもしれない。」

「ソリネちゃん…」

これから俺がすべき事。

少女の記憶を戻すためにする事。

「出掛けようか、ソリネちゃん。」

「え?」

「部屋で鬱ぎ込んでたって仕方がない、風に当たれば気分も晴れるよ。」

これは俺の本心だ。

昨日からこの少女は一歩も外に出てない。

身体を休めるというのもあったが、今はもう身体的には全開してるようだ。

ならば、一般的な年頃の少女が遊ぶ様な事をしてるのが望ましい筈。

「ほら、窓から見えるあの丘。見晴らしも良くて結構奇麗なんだ。」

「…」

…余り気乗りはしない、か…

良し、無理矢理にでも連れて行く。

俯き黙ってしまったソリネ。

そーっと俺は背後に忍び寄る。

ガバッ と足と腰を掴み持ち上げる。

「だぁはっはっはっはぁああ〜!!」

奇声を上げながら全力疾走してみる。

風を切る音とソリネの悲鳴が聞こえるが、まぁ気にしない。

「きゃぁああ!」

気にしない。

丘の辺りまで来ると流石に息が切れた。

軽いとは言え、ソリネだって体重はある。

「はぁ、はぁ… はぁ。」

降ろしたソリネはと言うと、ふくれてる。

流石にやり過ぎただろうか。

「はぁ、はぁ… 楽しいだろ、ソリネちゃん?」

「私は!」

やはり怒ってるみたいだ。

「俺は楽しい。」

「ジュドーさんは勝手です!部屋に… 居たかったのに…」

「こうでもしないと、外に出ないだろ?」

何にせよ、ソリネは外へ出た。

「じゃぁ、丘に登ろうか。」

相変わらず外の風は激しい。

帽子でも付けていたらあっという間に跳ばされてしまう所だ。

膝半分まである草を踏みしめ、丘を登り始める。

200mくらい歩くと頂上へ着いた。

「ほら、見晴らしが良いだろ?」

そうソリネを見ると…

「…」

「どうした?」

ソリネの様子が変だ。

膝を折り、両手を着いてしまっている。

「ソリネちゃん!?」

震えるソリネ。

「どうした? 黙ってちゃ解らないよ!」

肩を揺すり、反応を見る。

俺の手を濡らすのは熱い雫。

ソリネの涙。

声を殺し、嗚咽を漏らす少女に俺は為す術がない。

記憶を失う前、何があったのか。

そこまで辛い出来事があったのだろうか。

俺が此処へ連れてきたことでソリネを悲しませている。

俺のしたことでソリネを辛い目に遭わせている。

…どうすれば、どうすれば良い?

ソリネが泣きやむ前に考えなければいけない。

その時、俺が出来たのはソリネを抱きしめる事だけだった。



「…もぅ、もう大丈夫。大丈夫だから。」

その声を聞いて虚ろだった意識が戻った。

俺はあの後、昨日と同じくソリネを背負って帰ったのだ。

あのまま外にいるのはソリネに追い打ちを掛けることになる、そう思ったからだった。

そして内に籠もってしまったソリネを独りにしたくなかった。

だからずっと抱きしめていたんだ。

「ソリネちゃん…」

そっと俺は離れる。

「…今日はもう、疲れたよ…」

あれだけ泣いていたのだ、疲れるのも当然だろう。

「解った。今日も俺のベッド使って良いから…」

そのまま布団を掛けてやり、俺は部屋を後にした。

「ありがと…」

ドアを閉める間際、声を聞いた気がした。



コン、コン…

「アリカ、入るぞ。」

返事の声を聞いてから、俺はアリカの部屋に入った。

「ジュドー、何か用? って、どうしたの? 怖い顔してさ。」

「…ソリネちゃんの件、黙ってて済まなかった。」

ニヤリ、とアリカが笑うのが解った。

してやったり、といった感じか。

「あんたが女の子を連れ込むとはね。それと、あんまりにも見窄らしい格好してたから私の服を着させたわよ。」

「あぁ、あのグリーンの奴な。ありがとうな。」

「えぇ… 所で、それを言いに来た訳じゃないでしょ?」

「そうだ。アリカ、頼みがある… 俺が仕事に出てる間、ソリネちゃんと遊んでやってくれないか。」

ソリネにはもっと近い立場のアリカが居た方が良いのかも知れない。

アリカと居る事でソリネも少しずつ変わっていくだろう。

これが俺の考えた末の結論だった。

「別に良いけど…」

「それと、絶対に外には出さないでくれ。」

俺は今日起きたことをアリカに掻い摘んで話した。

外にさえ出さなければソリネは世間知らずな少女で済む。

「…大変だったわね、解ったわ。」

アリカには随分と悪いことをしている。

誕生日にはプレゼントを忘れ、その挙げ句に厄介事を頼んでいる。

だが、何かが俺を突き動かす。

ソリネの為ならば、と。

「済まん、頼んだ。」

アリカの部屋を出た後も、俺の心は晴れない。

何故、あそこでソリネは?

場所なのか?

それとも”外”自体が駄目なのか?

解らない。

…俺は余りに無力だ。