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会話

2003/03/22:久世紀弘







気温は温く、日差しは冷たい夜。

いつものように、毎週のようにその家には一台のバイクが停まっていた。

谷地(やち)。

玄関間際のポストにはそう書かれ、部屋から漏れた灯りが外を照らしていた。

しかし、そこから灯り以外の温もりを感じることはない。

部屋の中の人間は、無言だった。

二人。

季節外れにも厚手の上着を羽織り、気怠そうに椅子を軋ませる細身の男。

ゲームパッドを片手に、煙草を吹かし続ける肩幅の広い男。

細身の男は相方の方を見ていたが、おもむろに会話を切り出した。


細身の男
「それ、面白いか?」

肩幅の広い男
「ん? あぁ、やりすぎちまったけどな… こんなもんだろ」

細身の男
「そうか」

肩幅の広い男
「―――何か悩み事か?」

細身の男
「…どうだろう、解らない」

肩幅の広い男
「おぃおぃ。 君らしくないな」

細身の男
「昔話をさ、したくなっただけだよ」

肩幅の広い男
「へぇ?」


煙草を灰皿に押しつけると、その男―――

佐々木芳裄(ささきよしゆき)はせせら笑うように言った。

人を見下したような笑い。

それは、ともすれば人を傷つけてしまう残酷な牙。

だが、細身の男――― 谷地朗人(やちあきと)は知っていた。

芳裄がそうやって笑うのは悲しいからだと。

自分を駄目な人間だと信じ切っている。

親や友人が、周りが信じられない。

そして、いつ裏切られてもいいように――― 笑う。


朗人
「そう、笑うな。…偶には、だよ。偶には、な」

芳裄
「解った、解ったって――― 毎回されてる気もするんだけどな」

朗人
「ははは」


朗人は一呼吸付き、おもむろに引き出しから秘蔵の駄菓子を開ける。

そして椅子から乗り出すように腕を組み、芳裄を真剣に見やった。


朗人
「人にはさ、頭の中に自分の理想像が居るだろう?」

芳裄
「あぁ?」

朗人
「嫌なことがあった時、後少しで何かが出来そうな時。
そういう悔しいと思う時に自分ではない誰か、
もっと超越的な存在が身近に居てくれたらと思う」

芳裄
「まぁ、確かにそうだな。居てくれたらとは思うが」

朗人
「そんな自分に都合の良い存在を、夢の中で。
もしくは、今この場で考えて浮遊させることは簡単だ。
考えるだけなんだからね。…俺はそういった空想癖を持っていた」

芳裄

「度合いにも因るだろうが… 別にそこまで考えることじゃないだろ?
俺だって、それくらいの妄想はするだろうし他の奴らだって同じだ」

朗人
「俺の場合、それが小学… いや、もっと前から居たかもしれない。
一人の少女だ。ことある毎に俺は、彼女だったらこんな解決をするだろう、
超越的な魔法や能力を使って皆を驚かすだろう、というようなことを考え浮かべていた。
それに。変な敵が出てきて彼女がそれを倒す姿も想像していたかな」

芳裄
「ああ… そりゃ結構重症かもな。俺もそこまできたのは―――」


芳裄はそこで言葉を区切った。

視線が泳ぎ、二人の丁度真ん中で止まる。

少し前に置かれた駄菓子は今も封を解かれずに、そこにあった。


朗人
「芳裄?」

朗人
「菓子でも喰おうぜ」

朗人
「………」


パリッと封が解かれ、保存料の臭いが一瞬立ち込める。

植物油で綺麗に揚げられたポテトチップだ。

それを数枚まとめて食べる芳裄と、一枚ずつ口に運ぶ朗人。


芳裄
「中学の頃の話、随分前にし損なってたな…」

朗人
「そういえば、そんなこともあったっけか」

芳裄
「話したくなかっただけなんだけどな。中学の頃の想い出なんて嫌なことばかりだ。
ほら、俺ってこんな性格だろ? 君と違って人とあけっぴろに付き合えない。
それが災いしたんだろうねぇ。何だかんだとイチャモン付けられて虐められたよ」

朗人
「お前は極端過ぎるからな。だけど、そうだったか…
大体の予想は付いていたが… 毎回そこで言い淀んでいるんだからな」

芳裄
「そりゃ悪かったな… それで、その時。俺は本気でそいつらを殺したいと思った。
自分の力ではどうすることも出来ないそいつらを、君の言うような方法で殺したんだ」

朗人
「想像で、か…」

芳裄
「君は、まだその空想癖はあるのかい?」

朗人
「いや、無い」

芳裄
「即答だな」

朗人
「そりゃ空想自体はあるけど、さっき言った少女はある境に見なくなったね。
言ったろ? 昔話だって。幼少期からその娘の姿形はずっと変わらなかった。
歳は多分、七歳くらい。腰布一つで常に俺の中にいた」

芳裄
「七歳! ロリコンにも程があるだろ。ははは。プニかよ、変態めが」

朗人
「ち、ちげぇよ! 俺も七歳くらいだったんだから仕方ねぇだろうが。
ただ、俺が歳喰ってもそのまま、ってのが問題があるんだけどな…」

芳裄
「にしても、腰布一つってまた際どいな。そりゃパプワくんの見過ぎじゃないのか?
思い入れが強過ぎてそんなキャラクターが出来上がった、とかさ…
あれも確かそんなだったろ。年代的にも当てはまると思うが」

朗人
「考えられないことじゃない。だけど、俺は不思議なんだよ。
その娘が自分のような、それでいて他人のような気がする。
俺の中にいる、限りなく近いもう一つの自分」

芳裄
「物事の本質なんて誰にも解りやしないよ。例えば、神。
信じる奴と、信じない奴。いつから神という概念があったか、それすら定かでない。
にも関わらず、神という言葉が残っている。これはつまり―――」

朗人
「自分では叶えられない物事を片付けてくれる、そんな都合のよい存在」

芳裄
「空想と同じだ。一つ違うのは誰もがその都合のよい存在を持ち得てるってことだ。
その人によりけり、違いのある絶対的な存在は一つの個として形を作った」

朗人
「佐々木は神を信じるのか?」

芳裄
「まさか。俺は俺の中にある形を信じてるだけさ。皆が信じる神なんて必要じゃない。
そういえばさっき、君はその少女が消えたと言っていたね。今は他の何かがいるのかい?」

朗人
「いや、いない… そんな一途に何かを信じられなくなったんだろう。俺は汚れ過ぎたよ…」

芳裄
「君が汚れたと言ったら俺はどうなるよ? それに… 案外、近くにいるのかもな」

朗人
「ははは。そうだと良いけどな… まぁ、戻ってきても元には戻れないだろうよ。
自立できなかった中学、自分で動いた高校時代。その変動で俺の心自体が変わったんだよ。
いいことか、悪いことかは解らない。はて、これが大人への一歩って奴なんだろうかね?」


そう朗人は一人愚痴ると、大きく背伸びをした。

止まったままのゲームは等の昔にゲームオーバーとなり、タイトル画面に戻っていた。

それを朗人はタイトル画面からキャラクターセレクトへと移す。


朗人
「悪ぃな、付き合わせちまった。―――んじゃ、やるか」

芳裄
「俺はいつも通りこのキャラ使うぜ」

朗人
「佐々木は相変わらず好きだな、それ」

芳裄
「重量計のキャラが好きなんだよ」

朗人
「ふん」

芳裄
「そういう君こそ。いい加減、軽量級キャラは諦めたらどうなんだ?」


こうして夜が更ける。

部屋の外からは何の音も聞こえない。

耳を澄ますと時たま悲観めいた声や、怒声が響くだけだ。








実験、実験〜

三人称ってどんなやろ、ってので書いてみました。

ちと、温い感は否めませんが割と真っ当な物が出来上がったと思ってます。

それに、今回は激っ早の二日間で書き上げました(いつもは二週間とか…

作りは多少エロゲーの会話も意識して名前に一行使ってみました。

こっちの方が書きやすいと言えば、書きやすいので、これからも使うかもしれません。

あ。

内容に関してはアレです、ふぃくしょんって奴です。

余り深く考えないように。

ではでは〜