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夢_獣達の宴

2002/06/14:久世紀弘







走る。

僕は走っている。

いや、逃げていると言った方が正しい。

「ぎゃぁ〜はっはっはぁ!!」

後ろの方で馬鹿笑いする奴らの声が聞こえる。

少しでも速度を落とせば捕まってしまうだろう。

だから僕は逃げる。

助けてくれる人を捜して。



体育館まで翔て行くと彼が居た。

僕の親友。

少し不良っぽくて、常に守ってくれる優しい彼。

「てめぇら… 俺のパシリを可愛がってくれるじゃねぇか。」

後ろに廻って隠れるけど、彼の言葉はショックだな。

でも… 良いよ、僕は弱いから。

彼が不良等を殴り、蹴り… 事が済むまで僕はビクビクと震えるだけ。

「もう、良いぞ。」

上手く言葉が出せない。

彼はどうしてこんなに強いんだろう。

その場は廊下だったけど、転がる不良達は邪魔にならないかな。

片付けた方が良いのかな。

「ほら、行くぞ。」

「うん…」

僕は彼の親友というだけで何度も不良から襲われる。

弱い人間は服従させやすいから。

僕は弱いから。

でも、僕は彼が好きだ。

彼は強いから。



教室での授業…

僕は一人の女性を見ている。

黒板の文字をノートに書き写し、余裕の瞳で問題を解いている。

その仕草一つ一つが…

先生の話なんて上の空だ。

僕とは違った、尊敬する女性。

憧れてしまう。

好きとか、恋いとか… そんな言葉じゃ言い表せないんだ。

敬愛。

僕より小柄なその身体で、僕よりずっと偉いことが出来る。

いつかこの人と同じになりたい。

そして一緒に話が出来たら…



ある日、僕は思いきって彼女を誘ってみた。

勿論、告白とかそういう事じゃなく… 買い物を手伝ってくれるよう言ってみたんだ。

母親の誕生日祝い、何を買ったら良いのか。

彼女だったら… 僕とは違う選択をするに違いない。

それが見たかった。

何のことは無い。

僕自身気付いていなかったけど、結果的にデートっぽくなってしまった。

待ち合わせは町中の喫茶店前。

ビルばかり並ぶこの町は商店街とかが少ない。

買い物は電車に乗って隣町まで行くつもりだった。

「待った?」

彼女が来た。

僕の心臓は早鐘を打っている。

凄く… 緊張する。



その時だった…



ヒューン…

ズガーーーッ!!



目の前に”何か”が降ってきた。

大きめの鱗で覆われたそれは… 生きているかのよう。

何だろう… とっさだったけど。

本当にとっさだったけど… 僕の本能が危険と告げていた。

「逃げてッ!!」

彼女の背を押し、近くに停まっていたタクシーの中に入れる。

「な… に?」

戸惑う彼女を無視し、運転手に行き先を告げ… 彼女一人を乗せ、走らせた。

直ぐさま僕も次のタクシーを呼び、乗り込む。

この時、何故だか… 別々に行動した方が助かる気がしたんだ。

空から降ってきた固まり… あれは一体何か。

爆弾では無いようだったけど。



タクシーを降り、自宅の前に立つ。

彼女も自宅に着いた事だろう。

実際、彼女との家の距離は1km程しか離れていなかったのだけど。

大丈夫、彼女は安全だ。

それより、ニュースでさっきの事件について取り上げられてるかもしれない。

見なくちゃ…

でも…

見ない方が良かったと後悔した。



…異形の物が降ってきた…

…それも各地で…

…男を殺し、女を襲う…

…襲われた女は自我の崩壊と共に変形する…

…変形した女は……… 男を誘い…喰らう …



侵略だった。

僕が居るこの町ではなく、他の地では既に応戦しているようだった。

もう、相当な数の人間が死んでいるとTVは伝える。

膝が震える。

僕はどうしたら良い?

こんな時、どうしたら…

…彼に… 彼なら… どうだろう。

人間じゃ無い相手にだって、勝てる術を見いだすかもしれないじゃないか。

僕は彼の家に向かった。

念のために持参したサバイバルナイフを片手に。



「奴らに勝てる見込みは… 無い。」

彼の一言は絶望的だった。

「ただ、やれるだけの事はやる。」

むざむざ死ぬつもりは無いという。

僕だって死にたくない。



近くで悲鳴が聞こえる。



もう、ここまで来ているようだった。

次はこの家だろうか。

彼と二人でその怪物を倒せるのだろうか。



バキバキ… ドカッ!!



壁が崩されていく。

凄まじいまでの破壊力。

「来たぜ。」

「う、うん…」

姿が見えると、そいつは蜘蛛だった。

ただ、決定的に違うのは大きさ… そして幾重にも伸びた触手だった。

和風の部屋はその触手でどんどん壊されていく。

「野郎!!」

果敢に攻める、彼。

日本刀を構えて突っ込んでいく。

でも… 触手が邪魔で動けない。



ドン!



僕が見た、次の瞬間は… 彼の口から大量の血が出ている所だった。

「逃げ… ろ…」

胸を… 貫かれたのだ。

助からない。

あんなに強かった、彼も… 死んでしまう。

何で死んでしまうのだろう。

僕が… 弱いからだ。

悔しさで涙が頬を伝う。

…そして、僕にも触手が迫ってきた。

殺されるッ!!

恐怖に襲われ、手に持ったサバイバルナイフを手前に突き出す。



ガキィン!!



…硬い?

相手は傷一つ負っていない。

その代わり僕の手からはナイフが弾き跳んでいる。

このまま死ぬのだろうか。

目の前に広がる触手の群れ。

一突きで終わりだ。

彼と同じように…

………

でも、一向に衝撃は来なかった。

目を瞑ってて解らなかったけど、敵は去っていた。

僕など殺す価値も無いと言うのかな。



横たわる彼の死体。

血だらけで、徐々に冷えていく身体。

意思の無い物体は、既に彼では無いのかもしれない。

彼の遺体を弔ってあげたいけど、僕はそれまで生きてるのかな?

それより。



…護らなきゃ…



壊された外壁。

真っ直ぐに伸びたアスファルトに隣接する住宅と河。

このどれかに、今尚悲鳴を求めて彷徨う敵がいる。

それが彼女の所に行く前に… 逃がさなきゃ…



永遠に続くかと思われる距離。

何故か辺りが不気味な程に静か。

儀式の前の静寂さ…



彼女の家の近くまで来た頃、道路で人集りが出来ていた。

大きな羽。

骨格で出来たかのような羽だ。

それを取り囲む男達。

新手の敵と闘ってるのかな?

僕はそう思ったんだ。

でも、違った。

人垣を押しのけ、羽の正面に立ったとき… 全てを理解した。



「そん… な…」



花の蕾のように閉じられた羽。

まるで相手を包み込むかのようだった。

僕の尊敬する彼女は… 男達に犯されていたんだ。

異様に漂う卑猥な匂い。

変形…

彼女は既に… 敵に襲われた後だった。

遅かった…

そして、野次馬でない男達は… 彼女から放出される何かに取り憑かれているのだろう。



…何をしているんだ… こいつ等は…



言いようのない怒り。

男達の結果は理解出来ても、その行動が許せなかった。

敬愛して止まない… 彼女に、何故ッ!!

一人、また一人と絶頂を迎え交代していく、この動物たち。

無意識に手が出た。

目の前の一人を殴る。

殴る。

殴る…

直ぐに取り押さえられた。

「すっこんでろ!」

逆に腹を強く打たれた。

後は彼女の痴態を眺めるだけ…



「へっへっへ… こいつも仲間入りかぁ?」

「うん、来て。」



身を起こし、うずくまった僕を見下ろす彼女。

彼女は僕が来ることを初めから解っていたのだろうか。

唐突に声を掛けてきた。

「私、私ね… 犯されたんだよ…?」

「………」

「あの蜘蛛みたいな奴に… 長いパイプみたいなの入れられて…」

羞恥心の欠片もなく、ストレートな言葉は… 一層の喪失感を感じさせた。

起こった事を次々と告白していく彼女。

僕は何も出来ない。

「だから、あなたも私に頂戴…」



…もう、やめて…



口の中で血が広がる。

悔しい。

僕が弱いから。

あの時一緒にいれば…

…彼だったら守れたのだろうか。

僕ではなくて、彼であれば…

死んじゃったけど…



…何で、何でだよ!!

…何であんたは死んじゃったんだよ!

あんたさえ居れば…



周りにいる男共のように性欲に身を任せるのは嫌だった。

周りにいる男共のように性欲に身を任せられない僕が嫌だった。

彼女がそうしているのか、僕に耐性があるのか… 幸いにして僕は意思を保っている。

もうすぐ彼女も完全な怪物となってしまうのだろうか。

その前に何とかしないといけない。

今、僕が出来ること…

今、僕がしたいこと…



…たすけたい…



「あッ!」

後ろを取り囲む連中を押しのけ、僕は走り出す。

彼女が望んでいる。

でも、それは彼女の本心じゃない。

操られているんだ。

僕はそう信じたい。

走り出した僕に、もう迷いは無かった。



出来る限りのことはしよう、彼のように。








時間的に余裕が無かったというのもあるけど、書くのがちょっと引けったてのが本心かな。

溜まっていた訳じゃないし、その人を卑猥な目で見てるつもりもない。

夢は自分の本心を映し出すとか、その日に印象に残った事だとか言われてるけど。

ただ、毎回見る夢は誰かで。

自分のポリシーと合わないような行動をする場合もしばしば。

そう考えると、誰かが想像したシナリオを夢として見てしまったんじゃないか? とさえ思える。

友人曰く、この夢は”既出”らしい。

どっかのエロ雑誌で同じような内容が載っていたとか。

当然、見た記憶も無いので… それともこのような内容を人は見易いのかな?

自分の弱さが強調され、敬愛する相手を助けたいという想い。

一応、書き手の心理としては”主人公の新たなる出発”を書きたかった訳じゃ無い。

”敬愛する女性に対する主人公の複雑な心理”を書きたかったんだ。

あくまでも見た夢を忠実に再現し、そこで感じた僕の気持ちも書けたらな、と。