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夢_幸せと影

2004/03/01:久世紀弘







消えかけるような記憶の中、彼女と再開する。

始まりは電車の中での電話。

会うと約束し、待ち合わせ場所まで駆け付けた。

見知らぬデパートの中。

彼女の言いつけ通りに来たその空間。

歳にして五歳前後の少年が彼女にまとわりついている。

―――彼女には息子が出来ていた。



「ジュース買って!」という我が儘に付き合い自販機を探した。

適当な自販機を見つけ「これでいいか?」と問うと彼は「それじゃ嫌だ」なんて答える。

デパート中を探し回り、五つ程の自販機を見つけた。

彼はその度に嫌だと言う。

そこで気付いた。

見つける自販機には炭酸飲料しか残っていなかった。

なるほど、彼は刺激が強いものを飲めないらしい。

「じゃあ、これをあげよう」

コートの内側に隠し持っていたペッドボトルをプレゼントした。

中身は烏龍茶だ。

返事は「ありがとう」である。

心から喜んでくれてるようだった。



屋上への扉がある階段。

少年の母親はそこで待っているはずだった。

壁向かいに居るであろうと予想し、平謝りをする。

「ごめん。待たせた」

「遅ぇよ」

息を切らせ見上げると中学時代の友人が立っていた。

ヘラヘラしてる様は依然と変わらない。

「何だ… お前かよ」

軽口を言い合って彼女を迎える。

「何処行こうか?」

「好きなところ連れていって」

「…お前はどうする?」

「あ〜そうだな。ゲーセンでも行くか」

少年がいることを気遣ってのことだろう。

それで母親としての面子が保たれるなら易いものだと彼は考えたのだろう。

で、あれば異を唱える必要もない。

「ん」と応じて先導した。

財布を確認すると小銭が幾らか入ってくれていた。



ゲームセンターというよりはゲーム広場となる小さい空間。

キャッチャー系のゲームやガンシューティングがあった。

わ〜わ〜と騒ぐ少年を抱きかかえ一緒に遊ぶ。

子供を抱えるのは案外悪くないと思ってしまった。



長い階段を降りると彼女が腹痛を訴えた。

「大丈夫か!?」

大慌てで現状を把握する。

怪我したところはなし。

熱もなし。

月はよくわからない。

脳裏に画数の多い漢字が羅列されていく。

最悪の事態ばかり思い浮かべ冷や汗と動機がした。

―――病院へ 医者に 手術しないと 摘出は 彼女の命が―――

そこで少年が彼女を気遣う声で我に返った。

普通の腹痛ならそう大したことじゃない。

肩を貸して女子トイレへと向かう。

同じく肩を貸していた友人が「ここで待っててくれ」と俺に告げた。

そのままドアを開け彼女を連れ込んでしまった。

咄嗟のことで驚く。

「あぁ…」

それが今更に理解する。

「なるほど」

彼女の息子と外で待ちながら「そうか。そうか」と緩む頬を抑えきれない。

奴と彼女がくっつくなら、それは願ってもない嬉しい結末だった。

用が終わったのか奴が出てくる。

「薬を貰ってくる」

「わかった」

走っていく奴の背を見つめながら時計の針を数えた。

非常に気まずい。

ここで待ってると彼女が恥ずかしがるのではないだろうか。

遅い判断。

少し離れていた方がいいだろうと冷たい廊下を歩く。

一周する。

もう一周。

と、彼女が気分の悪そうに壁によりかかっていた。

「歩ける?」

「…平気」

目的が何なのか。

わざわざこの地に立っている意味合いが掴めない。

ただ、会いに来たはず。

「帰った方がいい」

「それでいいの?」

その言葉はグサリと胸に突き刺さった。

だから、それは痛いくらいに――― 心地いい。

「よくない」

「…ん」

いつもの貼り付いた笑顔なんかじゃなくて真顔で言えた。

幾分昔に自分の気持ちは伝えた。

彼女はそれを「ありがと」と受け止めてくれた。

だからこっちも複雑な気分で手持ち無沙汰になる。

「少し待っててくれ。何か買ってくる」

近くにあったお好み焼き屋。

一つだけ買って彼女に渡した。

「別に今日だけってわけじゃない。また会えるだろうし」

彼女が食べてる間に出口へと歩いた。

何か言いたげな彼女が見える。

手元を口に持っていく仕草は例えようもないほど可愛らしかった。

「それじゃ」



電車に乗ったところで目が覚めた。

現実の自分はベッドで俯けにもがいている。

おかしな夢だった。

彼女が食事をする姿。

彼女が排泄する姿。

彼女が眠る姿。

およそ人間的行動であると思われる行動。

全てが想像できない、今日の今まで出来なかったはずだった。

この数年間で彼女を人間外の存在としてしまったのか。

想像の中での彼女は偶像として神聖化されたものだったのだろう。



中学時代、隣の席にいて彼女が給食を食べるところを見ていたはずだ。

修学旅行でだらしなく彼女が寝ている姿を目の前で見たはずだ。

彼女の手を何度となく取り、踊った身であれば感触を知っているはずだ―――



当時は何とも思わなかった。

小うるさい女狐、付きまとってくるそこいらにいる馬鹿女。中退したアホな奴…

いつからかクラス中で彼女と俺のカップル説が浮上。

授業中にノートを見せたり授業展開を説明してたのが災いしたようだった。

気を遣われ、一緒にされた。

嬉しくもあったが女に興味はなく、正直迷惑だった。

掃除になると熱心に細かいところまで磨く俺を咎める彼女を疎ましくも思った。

それよりもスポーツ、勉学万能なクラスの女の子を気に入っていた。



高二の頃、友人と旅行に行った時に言われた。

「好きな女っている?」

いなかった。

性欲の対象として女は考えられたが、好きとは言えない。

夜空を見上げながら考えた末に彼女の名前を言った。

「あいつのことが好きだ」

瞬間的に胸が疼いた。

卒業して、離れて、数年経って。

天に向かって告白したのが効いたのだろうか。

咄嗟に思いついたことではあったが、事実だった。

後悔で涙が出た。

そのうち、好きな理由が思い出せなくなった。