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夢_草原の少女

2002/03/20:久世紀弘







昔の夢。

その物語を綴ってみようかと思う。

もう、あの夢を見て二年近く経つが未だに忘れていない。

忘れてしまったのは顔だけだ。

可愛かった、それだけは覚えてる。





見渡す限りの草原で俺は一人の少女を見つけた。

汚れた白のワンピースにたなびく黄金の髪。

何処を見ているのか虚ろな表情。

『どうかした?』

反応が無い。

具合が悪いのかもしれない。

ほっとく訳にもいかず家に連れて帰ることにした。

意識のない少女をいつまでも棒立ちにさせるつもりは無かったし、何故か嬉しかったんだ。

両親の居ない俺は少女の温もりが欲しかったのだろうか。



草原の中にポツンとある小さな村。

村人は善良でいざこざや喧嘩なんて滅多にない。

広大な青空と吹き荒れる風の中では平和こそが相応しいのだ。

しかし、歴史を振り返ると些細ではあったが兵隊等が攻めて来た事もあった。

頑強な門。

外を隔てる城壁とも言える唯一の壁は過去の汚点から代々の村長が作り上げた防衛手段だ。

村を一周し、高さも易々とは登れない程。

そして門番が不測の事態を招かぬように常に警備している。

隣町から遠く、他国との干渉も少ないこの村は半場鎖国をするような形で永遠の平和を得ていた。

少女を背負い門を通るとこちらを伺う顔があった。

毎日顔を合わせている門番だ。

「怪我でもしたかその娘? 見ない顔だな、背負うの手伝うよ」

気の良い彼のことだ、仕事を放り出しても駆け回ってくれるだろう。

『いや、良いよ。家まで連れて行って介護してあげたいんだ』

「そうか。…ん〜? 本当はいやらしいこと考えてるんじゃねぇのかぁ?」

図星。

『ば、馬鹿言ってるんじゃねぇよ! それじゃぁな、仕事しっかりやれよ!』

「へいへい」

長い付き合いとは怖い、行動を予測されてしまう。

和んではいたが、俺の心はもっと別にあった。

何処から来たかも知れぬ少女。

田舎育ちの俺には異世界の住人に等しく、異常なまでに興味が沸く。

追われてるのか?

飢えているのか?

助けて欲しいのか?

妄想は大いに働く。

こんな俺でも少女に何かしてやれるかもしれない。

俺を必要としてくれるであろうこの少女を守ってやれる。

俺は宝物を手に入れたのだ。



二階建ての大木を刳り抜いた様な家。

その二階に俺は住んでいる。

玄関まで来た辺りで呼ばれてることに気が付いた。

「どうした? お? どうしたんだその娘?」

一階の主人だ。

幼なじみの親父。

俺の両親が死んだ後、二階が空いているからと快く勧めてくれた。

玄関が同じだと嫌だろうと、わざわざ二階への外階段まで作ってくれもした。

本当に感謝している。

『ああ、草原で倒れていたから連れてきたんだ』

部屋に戻り少女をベッドに寝かせる。

幸いにして半日も掛からずに意識が戻った。

『気分はどう?』

色々と話しかけてみた。

少女もそれに反応した。

だが、少女が草原で意識を失う理由は見いだせなかった。

記憶喪失。

名前すら思い出せないと言う。

困った。

どうすればいい?

取り敢えず記憶を取り戻すその日まで家に置くことにした。

『俺が帰ってくるまで部屋から出ちゃ駄目だよ』



俺にも仕事はある。

朝から夕日が出る頃まで家を空けることになるのだ。

昼と夜を割った様な時間に俺は帰省する。

すると帰ってくる時間を見計らったように出迎えてくれる。

「お帰りなさい」

それが凄く嬉しい。

堪らなく愛しいんだ。

性格も明るく、意外と大人っぽい所もある事が解った。

そんな生活が暫く続く。

少女を家に縛り付けておくのには理由があった。

当然ながら家で怠惰な生活を続ければ体力は低下し、精神的にも良くない。

そう思い一緒に二階から見える丘の辺りに出てみた。

しかし、結果は燦々たるものだった。

突然立ち止まり、泣き出してしまったのだ。

記憶を失う前に何かあったのか。

辛い出来事でも…

それは俺には解らない。

だが、怯えて泣きじゃくる少女を社会復帰させるには時間が掛かりそうだ。

何とかせねばなるまい、この愛しい少女を。

同時に俺の中でもう一つの邪心が浮かんだ。

少女とずっと一緒でいたい、放したくない。

記憶を戻さずに一生俺と…



苦悩した末に出た結論。

俺は時間が許す限り少女の記憶を戻そうと努力した。

ある日、何も出来ない少女にパソコンを教えてみた。

何かの足しになればいい、それに俺が得意なのはパソコンだから… と。

仕事へ出かけ、家に帰り談話する。

余裕があればパソコンや、それ以外の事も教える。

父親になったような気分。



カタカタと俺が打ち込み、それを少女が疑問を持って質問してくる。

「これは、何?」

『ん? あぁ、これはね…』

田舎者の俺が持つ少ない知識を披露してみせる。

「それはどうして?」

『昔の人が決めた事さ、俺も良く知ってる訳じゃないけどね』

この時間が永遠に続けば良い。

俺は解っていたのだろう、諦めていると言っても良い。

永遠という夢が壊れることを。



少女は時間と共に家事全般、世間一般的な知識は問題無くこなせるようになっていった。

ある日、こんな話をしてみた。

『そろそろ他の場所に行ってみるかい?』

俺はこの家で少女が得る物はもう無いだろう、そう判断したのだ。

少女にもっと色々な物を見て欲しかった。

俺以外の人とも話せるようになって欲しかったんだ。

しかし…

「私はまだ… 駄目だから…」

『そうか』

丘での事件以来、少女を外に連れだしたことは無い。

このままでは不味い。

だからこそ、だったのだが。



次の日。

そう、次の日だった。

少女が消えたのは…



ドアを勢い良く開ける。

『おい! オヤジ!!』

「何だよ、昼寝してるってのによ…」

『あの娘見なかったか?』

「ぉ? だってあの娘はずっとお前の部屋にいたんだろ? 俺はトンと見てないがね」

そう、少女を見たことがあるのはこの村の数名しかない。

しかも普段見ているのは俺と、部屋の掃除に来てくれる幼なじみ位だった。

幼なじみと少女は幾度となく話していて、関係もそう悪いものじゃなかったと思う。

『あの娘見なかったか?』

幼なじみの部屋に押し入りオヤジに掛けた質問を一字一句違わずに問う。

「何だ、あんたと一緒だと思ってたわ」

ぶっきらぼうな言葉に途方に暮れた。

こいつは俺と少女が肉体関係を持っていると思っていたらしい。

丘でイチャイチャしているのだと決めつけていたという。

信じられねぇ!

そんな事一度だって考えたことは無かった。

だが、今にして思えばこの俺の不甲斐無さが少女を引き留められなかったのかもしれない。

見守るだけでなく、少女をこの手で抱きしめていれば良かったのか。

自分のエゴの為に少女を拘束すれば良かったのか。

俺は探した。

一度行った切りの丘から、いつか行きたいと話していた教会まで。

この小さな村を隅々まで走り回り、探したんだ。

走り過ぎて息が切れた。

門が見える。

身体がもう動きそうにない。

いや、まだ動ける。

しかし、動けなくなった。

いつもの門番の彼が心配そうに声を掛けてくれる。

が、俺はそんな事はどうでも良かった。

彼の姿越しに少女が見える。

草原に足を踏み入れ後ろ姿の少女が。

動けない。

動けないんだ。

疲労による物とは違う圧倒的な力。

少女は一瞬振り返った。

『!!!』

俺は何かを叫んだ。

少女の姿が掻き消えると同時に。