夢_忘れ得ぬ旅
2002/03/01:久世紀弘
2003/10/17:<改変>
好きな女の娘の夢を見た。
中学生の頃、隣に座ってたあの娘。
特別な感情を持ってる自分に気付いたのが高校二年の頃。
三年間… いや、もう五年にもなる。
そんな片想いもつい先月、終わりにした。
成人式の馴れ合いから生まれ、浅い友情を繋ぐかの如く計画された飲み会。
昔の仲間と飲むのも悪くない、そう思い参加した。
大事な友人もいたから。
何より、心の奥で彼女に会えたらと淡い期待をしていたから。
一次会での飲み会が終わり、二次会のカラオケへと時間は進む。
彼女は来ない。
もう会えないのか、そう半ば諦めた頃。
突如彼女は現れた。
毛皮のダッフル、香る煙草。
好きだった少女は大人へと変わった。
ほんの一瞬空気が凍り、また動き出す。
現れたのは彼女だけではなかった。
中学時代の悪友二人。
一人は、彼女の彼氏らしかった。
一曲でも歌えばいいのに、と勧めた。
「いいよ、下手だし」
無理と解っていながら煙草を止めるよう説得した。
「あ〜 もう止められないかな…」
俺、は。
数年間何をしてきた?
自己嫌悪と爽快感で一杯だった。
ここにいるのは、あの娘。
紛れもなく、俺が好きだったあの娘。
終盤に近づくと、彼女は先に帰ると部屋を出ていった。
その時襲った感情は何だったのだろうか。
焦り。
自分を客観的に捉え、それでも尚行動しろと過去の思いが突き動かす。
「悪ぃ、ちょっと時間いいか」
歌い途中で抜けだし、廊下で引き留めた。
野次馬の友人等を無視し、驚いてる彼女の腕を掴んで場所を移動する。
彼女は多分、俺が言うべき言葉を予想していただろう。
気付いていたに違いない。
けど、彼女には悪いがこの際、俺以外の気持ちはどうでもよかった。
「あ… なんてのかな…」
意を決する。
「高校の頃、好きでした」
付き合いたい。
相手を独占したい。
そういったことじゃなかった。
ただ自分の想いを伝えたいという我が儘な考え。
彼女は突然のことに当惑してしまっていたが、俺は長年の想いを告げて満足していた。
満足という感情と共に自分の中にあった熱が消え、全てに対し気怠さすら覚えていた。
何故、高校の頃、と言ったのか。
自分でもよく解らなかった。
それが正しい気がしただけ。
そして俺は… 生きるべき理由だった一つを失った。
二週間近く不安定な精神状態が続き、また元の生活に戻る。
もう彼女のことは思い出すまい、想うこともないだろう、と…
そして、夢を見た。
そこは都会の騒々しさとは懸け離れていた。
見渡す限り森、畑、民家。
見たことのない、それでいて懐かしいと感じるこの風景。
横切る彩りを電車で楽しみ、暖かい陽気と共に俺はこの田舎に戻ってきた。
目的はよく解らない。
気が付くと廃校となった校舎、そして体育館があった。
季節柄だとは思えない程に視界一面が霧に覆われている。
脚は自然と体育館の方に向かい、半開きの扉から中へ入っていた。
体育館の舞台に上る。
相当使われていないのだろう。
屋根が朽ち落ち、上からは太陽の日差しが入り込む。
忘れかけた何かを、何かだったかを思い出し掛け、感傷に浸っていた。
視線を下に向けると新たな発見があった。
埃の積もった床に、誰も入っていない筈の場所に足跡がある。
目で追うと見知った顔ぶれが、座って談話をしていた。
その中で一つの顔が俺の方を向いた。
霧と光で顔は見えない。
ただ、誰かは直感で理解できた。
『何で… いるんだ?』
咄嗟に惚けた様な声を出してしまう。
声は自分の物とは思えず、反響する。
「来たのか… お前こそ」
中学時代仲のよかったそいつは懐かしげに目を細め、酒を勧めてきた。
普段はワインやカクテル類の気取った物しか飲まない。
それが、勧められると気分のせいか日本酒もいいと思えた。
『他の奴はいないのか?』
その場にいたのはそいつと、他数名。
でも、まだ居る気がした。
「あ、いるんじゃん。」
声が他の場所から聞こえてきた。
『……ハ』
鼻で自分のことを自嘲してしまう。
誰かと思えば案の定、会いにくい奴だった。
体育館入り口から逆光を受けて顔は確認できない。
『久しぶり』
告白して自分だけ解決したと思い込み、それなのに彼女が現れて。
目を逸らし、あぐらを付いた状態で酒を飲んだ。
話にくい。
「どうしたのよ?」
そう言うと目の前にしゃがみ込んで来た。
体育座りしたことにより白い生地が眩しく映る。
『あ… おいおい見えてるぞ』
「ん? あ… もう、別にいいよ」
何とも投げ槍だと思う。
お互いそんな歳じゃないとでも言うのだろうか。
茶髪のショートカット。
細い身体。
細い猫のような目。
俺にとって美人、可愛い娘、そういった基準であった女の子。
彼女の幸せを祈り、想うだけに留めていた数年間。
直視出来る訳がない。
また、目を逸らしてしまう。
「懐かしいな、こうやって飲むのも」
横で成り行きを見守っていた友人が呟く。
こいつは彼女が好きなのだろう。
何となく解る。
お互い相手が彼女を好きだということに気付き、納得している。
もし、こいつが彼女と付き合うとなったら、俺は喜んで祝福するはずだ。
案外お互いがそう思っていたのかもしれない。
そう。
確実に言えるのは二人して彼女の幸せを望んでいた。
『こういうのもいいな』
昔の連中と再び会い、そして甘酸っぱい感傷に浸る。
心から思う。
会えてよかった。
夢の終わりは唐突に来た。
目覚ましの音と共に夢は現実での雫を残し、消えてしまう。
硬直してしまった身体と心を再度確認するように二度寝をしてみる。
まだ見たいという願望と疲労で。
こんな夢を見てしまうのも肉体的に精神的に疲れている時だからこそ、なんだろう。
いつかまた、あのよき思い出を。